金光教阿倍野教会
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朝のみ教え要約
■2018年10月02日(火) 教会長先生 み教えの要約
【題目】御礼を申す稽古を積み重ねる
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昭和38年4月13日に三代金光様が神上がられました後、四代金光様がお跡を継がれ日々ご神勤なさいました。
★四代金光様は朝お出ましの際に、お宅の玄関で下駄をお履きになられる時に、小さい声で「お世話になります。」といつも仰せになられ、また眼鏡を外して拭かれる時に「有難うございます。」と仰せになられたということです。それを、そばで御用なさっている弟様は、御礼を申されているという事は分かっておられましたが、改めて四代金光様に「何を仰っておられるのですか?」とお聞きになられました。すると、四代金光様は「兄さんはなあ、御礼を申すことが足りんのじゃ。だから、御礼を申す稽古をしておるんじゃ。人間はなあ、お世話になっておっても、御礼を申すことが足りん。御礼を申すことが足りんところから、難儀が起きてくるんじゃ。」と仰せになられたそうです。
★御礼を申すことが抜けていることが、難儀というところに直結しているのです。例えば、病気を患うとしましょう。その際に、「この度は、いつも使わせて頂いている身体のお手入れをして頂き、有難うございます。病院にお世話になり、お医者さんにお世話になります。有難うございます。」とお礼を申させて頂きますと、その病気は難儀となるでしょうか?「結構な機会を頂いた」「この病気のおかげで身体を手入れをさせて頂ける」という捉え方ですから、おかげの中の一部と受け止めていますね。反対に、「ここが痛い、あそこが痛い。」「長い間入院生活は辛い。」と言いますと、後には難儀だけが残りますね。
★『おかげは和賀心にあり』『難儀になるのもわが心、安心になるのもわが心からである。』とみ教えを頂いておりますように、すべてわが心から生み出されるのです。出来てきたことにお礼を申し、おかげにさせて頂くためには、普段から自分の身体に、周囲の人に、また些細なことにお礼を申す稽古が必要です。御礼を申すこと、お詫びを申すことを稽古させて頂いて上達してゆきますと、真心で一心にお願いさせて頂くことができてゆくのです。  
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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