金光教阿倍野教会
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阿倍野教会の歴史
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 伊藤家の信心は、二代教会長・伊藤コウ師と両親・伊藤房次郎氏、伊藤ハル氏(ご隠居さん)が京都では中立売教会(なかだちうりきょうかい)に、大阪に出て来られてからは、難波教会に参拝しておられたことに始まります。


 コウ師13才の年の6月に肋膜・腹膜を病み、医者もさじを投げてしまったそのときに、夜昼なく看護に努められたハル氏は、懸命なる祈りを神様に捧げられました。
「生神金光大神様、天地金乃神様、この私のご無礼により、幼い子供がこんなに苦しんでおります。数々のご無礼、何卒お許し下さいまして、私の願いをお聞き届け下さいませ。今日までこの子を私の子供だと思っておりましたが、これは大きな間違いであったということを深く悟らせて頂きました。今日限り私の子供だとは思いません。ですから成長後も決して伊藤家の為には使いません。ただただ神様のご用にお使い頂けるような人間に育てさせて頂きますから、今一度、神様のおかげによりまして、生き永らえさせて頂きますように、どうかよろしくお願い致します。」
と夜通し祈り続けられました。


 この祈りの前には、さしもの重い病気もおかげを頂いて、次第に回復し二週間の後には登校できるほど元気にならせて頂かれました。
 このときのお約束のとおり、23才になられた大正6年8月25日には、ご神縁(しんえん)を頂かれ、九州は甘木教会(あまぎきょうかい)に8年間ご修行をなさった池田徳次師と結婚され、いよいよ大阪の地で布教をなさる準備が始まりました。
 徳次師は京都四条教会に約半年、大阪島之内教会に1年間ご修行に入られました。当時コウ師は泉尾第二尋常小学校に教鞭を執っておられました。
金光教阿倍野教会歴代教会長写真
大正13年1月
中央:初代教会長 伊藤徳次師
左:二代教会長 伊藤コウ師
右:御母堂 はる刀自

金光教阿倍野教会門前写真
大正13年5月11日
吉野通りの教会門前にて
左:初代教会長 伊藤徳次師
右:二代教会長 伊藤コウ師
 
大正8年6月19日
大阪府東成郡天王寺村巴通りで最初の布教をされることになる。
大正10年9月11日
 
吉野通りに移る。
大正11年11月11日
開教記念祝祭奉行(ほうこう)。
大正12年8月
 
コウ師、小学校の教職を退かれる。
大正13年3月
コウ師、御本部修徳殿(現在の金光教学院)に入殿される。

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金光教阿倍野教会
大阪市阿倍野区晴明通り6-6
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