金光教阿倍野教会
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朝のみ教え要約
■2022年1月29日(土) 教会長先生 み教えの要約
【題目】生き通しの御霊神のお守りを受けて 
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 二代教会長伊藤コウ師のご母堂・伊藤ハル刀自はご生前中、神様に「どうぞ、私が死んだ後も、結構なお道の信心が子孫に伝わり、代々子孫も繁盛し、家も繁盛させて頂けるお徳が頂ける家にならせて頂けますように。そのために、私はどんな御修行も厭いませんから、子供の代、孫の代にはめぐりを積まないように、お徳が頂けますように。」と願って下さり、御修行して下さいました。

★三代教会長先生は、第二次世界大戦時に陸軍砲兵として招集され、内地だけではなく満州・中支、フィリピンの戦地にも赴かれました。戦地では、中隊長としての任務を負われ、危険を感じられることも度々あられ、命のないところを三度助けて頂かれたのです。そして、部下に配属された方々が、一人も欠けることなく無事に帰還なさったのでした。

★三代教会長先生が教会に帰ってこられたのは、昭和17年7月10日、ハル刀自のご命日でした。ハル刀自は昭和7年にお国替えなさる直前に、「私は霊神となった後も、教会の内外を付きに付いて守ります」と言い残しておられました。三代教会長先生は、「私には外地でも、伊藤ハル刀自がつきについてお守り下された」と常々おっしゃり、お守りを受けられたご恩を忘れぬように、ご恩に報いさせて頂けるように、霊神様に丁寧に御礼申しておられました。

★また、二代教会長・伊藤コウ師が、高熱が出られ血便が出られた時のことです。三代教会長先生が御神前で一心に御祈念されていましたら、御祈念座と御神殿の間の空間にハル刀自がお出まし下さり、「午前3時になれば熱は下がるから、安心せよ」と教えて下さったのです。三代教会長先生は熱を測っておられましたら、午前3時になった時、仰せの通り、解熱のおかげを頂かれたのでした。

★ご先祖様方のお徳に守って頂いていることに日々お礼を申しつつ、今日生かして頂いている私達は、代々のご先祖様から子孫の端々まで、過去も現在も未来も全てにおかげを蒙らせて頂けるお徳を積ませて頂けるよう、しっかり信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『先の世までも持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すれば、だれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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