金光教阿倍野教会
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朝のみ教え要約
■2022年1月31日(月) 教会長先生 み教えの要約
【題目】了見が狭いということ 
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 片岡次郎四郎師は、優秀で大変実直なお方であられたのですが、気性が激しく正義感が強いお方なので、人が曲がったことをすると許せずに、相手を承服させるまで筋を通して、言い負かさなければ気が済まない性分であられました。

★ご信心なさるようになられて、金光様の元へ参拝されますと『その性分ではおかげが受けられない。性分を改めなければならない』と教えて頂かれ、これまで、自分が正しいと思って行ってきたことが、間違えていたことに気付かれたのです。信心をさせて頂くようになり、み教えを頂きますと、自分の考え方は狭いという事が理解できられ、み教えによって生まれ変わられたのです。

★人間の物事の見方は実に狭いものです。これまで学んだことや考え方、常識というのを、正しいと判断し、「私の考え方、やり方は正しい」と思い込んで、相手に押し付けてしまいがちです。それは、自分の我が強い所が表れている証拠です。我が強いとは、了見が狭いということです。考えが狭いとか、器が小さいとも言えます。自分は正しいと思っていますから、人を許すことができない。心の容量・根性が小さいのです。信心させて頂いて、我が身を振り返り、み教えを自分自身に頂く余地を作っておく必要があります。

★職場など、人が集まると、つい誰かの評価を話題にし、更には悪口に発展してしまうことも少なくありません。自分は正しい評価が出来る人間であるかのように振舞って、仲間内で納得しているという、小さく弱い心の現れと言えるでしょう。

★私が、金光教学院でご修行させて頂いた時の学院長であられた内田守昌師は、そのような考え方を、「つるべ式人生観」と呼んでおられました。つるべというのは、井戸から水を汲むのに、片方を下げればもう一方が上がります。片方の桶を上げれば、上げた分だけもう片方の桶が下がりますね。それと同じように、他人の評価を下げる事で自分の評価が上がるように考え違いをすることや、反対に、他人の評価が上がると、自分の評価が下がるように思うことを、このように表して戒めて下さいました。これは、自らを善人だと思っている人達でも陥りやすい過ちであり、すなわち「善人の過ち」と言えると仰っておられます。他人を批判すれば、言われた人の評価はともかく、言った自分の値打ちは確実に落ち、徳を失うことになってしまうのです。

★自分は正しいと思っている考え方が、間違いを生んでゆくのです。どこまでも、「我良しと思う心」を仇として、自分自身を戒めながら進んでゆきましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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